◆ フランクフルトと言えば、
ゲーテって騒がれるが、人間、生まれる場所は選べない、、、しかし、哲学者ショーペンハウアーは
後半世をココで過ごした。

ハイデルベルクからフランクフルトへの"車窓"から’94夏

”フランクフルトのホーム”’94夏

”フランクフルト駅構内”には、買い物は出来るが高い。’94夏

”フランクフルト中央駅≪Hbf.Frankfrt.a.M≫”手前は駅に行くエレベーター
何処の国も地下って綺麗なとこでも少しジャンクチックで好き。
駅構内と地下は値段が可愛くないのでご注意。 '94夏

ここが”ゲーテの生家”であるのだと。'95natsu.


その"中”は一応、彼が使ってたままにしてるらしいが?’95夏
フランクフルトではやはりトルコ料理かトルコカフェ、、、もちろん80%の割合でひげがある。
だんだん少なくなりつつあるトルコ人街、ドイツに住むトルコ系の人々の文化も具間見ることが出来る。しかし、慣れるまで入るのに少し戸惑いが出てしまう。「おぢゃまかな?」っとも思うが、基本的に二つある。それは、トルコ人しか入れたくない店、アジア人も大歓迎の店。どっちにしても、彼らの売上が上がるのなら惡い氣はしはらない。はず。

"トルコ人のみのカフェ"'94夏

”トルコ料理屋”は安くてボリュームがある(基本的に)。’95 im Sommer

”Gothe像”は登るべからず。ココで野宿は危険でしたので駅を勧めます。
楽しいが責任は持ちません。いい経験も惡い経験も出来る。'95夏

街に30分ごとになる"鐘の音"はココから聞こえる。’94

”レーマー広場”’94

”地下鉄に続く入り口”≪ich mag solche sache≫"時折見せるユーモアー '95夏

94年に1度来て、それを忘れてて’98年にも来てしまった"自然史博物館"’94夏

偶然バッタリ2度めの再会した"ミイラ”ちゃん’94夏

”トリケラ”ちゃん。広々した館内は、説明文が理解できない分想像、妄想が広がり良いのである。’94夏

”映画博物館”は、チャチかったが、’97秋にはあの「ヴィム・ヴェンダース監督」が講演に訪れた!

”ネバーエンディングストーリーの特撮を紹介する”おこちゃま向けのとこ?’94夏
堰@ちょっと前まで"ヨーロッパ1の高さのビル”だった。’97natsu
”教会”も多いががビルも多い。新旧がいりみだれーる。'96Natsu

”ビル”のところはビルだらけ。'94natsu

”ライン川”の横にはマニアックな博物館がちょっと並ぶ。(写真と反対岸)’94夏

’97年は歴史に残る”大学生の全国規模のデモ”があった。。’97秋

あの大手デパート”カウフホフのあるメイン通り”でさえも学生の群れ’97aki

あの”アルテ オパー(オペラ座)”がデモの最終地点であった。’97秋

”1920年3月"フランクフルターシュトラッセでも銃撃戦が・・・’94natsu。
便利だが、そんなに綺麗でない。フランクフルト、、、ソーセージはやはり露天が
良い!!焼いたのを喰う。その時はビールを後でりんご酒で引き締めたい。で、何を内緒にしたいかと
言うと、毎週土曜日のスリの多い蚤の市!!マニアックなものからお洒落でマニアックな物、
味のあるいい感じのものから、汚くいい感じのものまで、、、そろう。写真は撮ってくるの忘れた。
いく時の掟は・・・・・・
堰@小銭はワンサカ持っていく。日本人はデカイ金しか持ってないと思われない為にと、
お釣りが無い時があるから。
堰@汚い服を着ていく、、、安く買うためと、スリの目を引かぬ為。そして、人ごみに勝つ
為とである。(破れた服はなおいい?が経験上、、、少し目立つし、避けられる時もある。
堰@値切る。貧乏人(ワタクシ)のためにも値切る!日本人は高く買うとは思わせるな!!
ただ、その物を観て、良心的な値段で売ってくれてるお婆ちゃんとかの心を悪くさすべからず!
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